まだ暗いうちの港で、ぼくはすでに少し負けていた
集合は早朝でした。 というより、ぼくの感覚では夜です。 空はまだ深い色をしていて、 港の灯りだけが水面に細く揺れていました。 船の影が並び、 どこかで鎖のこすれる音がする。 風は冷たく、 いきなり鼻の奥まで海の匂いが入ってきました。
漁師たちは、すでに働く顔をしていました。 ぼくみたいに「今日は楽しみだなあ」という観光の顔ではありません。 静かで、 無駄がなくて、 眠そうに見えて、 でも身体だけは完全に起きている。 あの感じは忘れられません。
「ヒロ、手袋は?」 ひとりが聞きました。 ぼくは自信満々で見せました。 すると一瞬だけ沈黙があり、 そのあと全員が笑いました。 「それ、町を歩く手袋だな。」 うっ。 出航前から、ぼくは完全に海の初心者でした。
でも、その笑い方は意地悪ではなく、 「よし、今日はちゃんと面倒を見てやるか」という感じの笑いでした。 その時点で、ぼくは少しうれしくなっていました。