その朝、ヒロはまだ何も知らなかった
その日、ぼくは朝から妙に落ち着いていました。 もちろん楽しみではありました。 でも、胸が高鳴って仕方ない、という感じではなかったのです。 たぶんまだ、本当に何を見ることになるのか分かっていなかったからでしょう。
空はよく晴れていて、 光はやわらかいのに遠くまで通っていました。 アラスカの晴れた日は、景色の輪郭が少し厳しくなることがあります。 何もかもがはっきりしすぎて、 こちらの曖昧な気分だけが取り残されるような感じです。 その朝も、そんな光でした。
車で進みながら、 ぼくは窓の外を見ていました。 森。 川。 遠くの斜面。 どれもきれいです。 でも、そのときのぼくはまだ、 本当の主役が出てきていないことを知りませんでした。
そしてある地点で、 同行していた人が静かに言いました。 「今日は見えるよ。」 その言い方が妙に落ち着いていて、 かえって緊張しました。 見えるよ、のひとことで、 まるで空気の密度が変わったように感じたのです。