港が近づく。ヒロは一年のあいだに覚えた風の読み方を、少しだけ信じていた
船がアンカレッジの港へ近づくころ、 ぼくはずっと前の自分のことを思い出していました。 アラスカへ来たばかりのころなら、 たぶん海の広さや街の灯りに気を取られて、 ただ「うわ、着くんだ」と思っていたはずです。 でもこの日のぼくは違いました。
風の向き。 水面の色。 船体に伝わる揺れの変化。 そして、前方に見える施設や岸壁の距離感。 もちろん専門家のようにはいきません。 でも、一年いると人は変わるものです。 「ただ見ている」だけだった感覚が、 少しずつ意味を持ち始める。 ぼくはその変化がうれしかった。
港の施設が見えてきたとき、 金属の色と海の鈍い光が重なって、 アンカレッジは最初から都会の顔ではありませんでした。 まず、仕事の顔でした。 物流の気配。 支える場所の顔。 大きな自然のただ中にある街が、 自分を都市として立たせるための筋肉みたいなものが、そこに見えていたのです。